【 朝食 】
 5:45起床。なぜか早起きな毎日。せっかくの旅行なんだから、めいっぱい観光に連れまわしてもらえるのはありがたいんだけどね(-ω-)
 昨夜の食事の時も、飲み物は別料金で払う形式なんだけど、なぜか朝食は飲み物フリー。 普通に好きなだけジュースが飲めたりするのは、、なんだろう?

 ホテルの前にトルコとEUの旗が揚げられてるんだけど、一緒に日本の国旗が。。 この後のホテルでも、何度も日本の国旗を見たから、つまり当日の宿泊客の国旗を掲げてるんだろうなぁと勝手に想像してるんだが、 日本のホテルにも、そういう文化あるんかね??
この日もパン食を中心とした朝食
シリアル系も摂取(-ω-)
ホテル前に掲揚されている国旗
 
【 地理・特産 】
[オリーブ] トルコでも多く生産され、その7割がオリーブオイルに加工されている。 食べるタイミングの違いにより色が違う。収穫順の時期順に黄色→赤色→黒色と変わる。 8月~11月が最盛期であり、採取は機械化が難しいため手で取っている。 これが大きな失業者雇用を生んでいる。

[地価] 以前は子供に土地を分け与えるとき、内陸の農業・牧畜のしやすい土地は息子に与え、海側を娘に与えていた。 しかしトルコの観光事情が変わり、30年ほど前は年間観光客が10万人程度だったのに対し、今は3000万人に届きそうなところまで来ており、 リゾート開発+宅地開発により海側の地価が何十倍にもなっているため、地価に対する感覚も変わってきている。
田んぼかと思ったら塩田だった
目的地の駐車場近くのお土産屋
後ほど感動する味がここで!
犬2匹がじゃれてたが予防接種とか
やってるのかわからず遠目に・・
 
【 国・政治・歴史 】
 1923年に共和国として、トルコ共和国が誕生。 人口の99%がイスラム教というイスラム文化圏だが、政教分離を実施しているため、至る所で見かけるモスクに国の補助は一切入っていない。 またイスラム教圏では女性が顔を隠すことが多いが、公務員等は政教分離により特定の宗教の制約は排除しており顔も隠してはいけない。
 女性の地位は低くなく、自由に働くことができ、数年前は女性が首相だった。 女性が被選挙権を獲得したのも日本(1945)、フランス(1962)、スイス(1971)に比べ、トルコは1934年となっている。 大学進学者の44%、医者の18%が女性であり、タクシー運転手も女性が増え始めたが、現在も田舎は保守的であり、多少制約されている。
アスクレピオンこちら
チケット売り場はこんな感じ
遠く山の上見えるのは、古代の町
アクロポリスの遺跡
 
●ベルガマ
 トロイから南へ200kmぐらいの所にあるベルガマ遺跡。 昔、この地域は「風の強い」という意味である「エオリア」と呼ばれており、紀元前4世紀~紀元後4世紀に栄えた。 古代の町である「アクロポリス」と、総合医療センターである「アスクレピオン」の遺跡がある。
 アクロポリスとアスクレピオンは直線距離で2.5kmぐらい離れているが、当時は聖なる道と呼ばれる道で結ばれており、 病人がアスクレピオンまで治療に来ていた。
 ベルガマの遺跡の一部(ゼウス神殿のレリーフ等)はドイツに持ち去られ、現在はベルリンのペルガモン博物館にある。
聖なる道
この先にアスクレピオン
蛇のマーク(医療の印)
由来は「蛇の毒で不治の病が治った」
「脱皮が再生の象徴」など諸説がある
アスクレピオンの一部。
右手が図書館、左手に聖なる泉
奥に見るのは円形劇場
 
 文明が栄えると、英知を集めた図書館が作られる。 当時の3大図書館と言えば、エジプトのアレキサンドリア、ベルガマ、そしてエフェスにあった。 書物作成に必要な、現代の紙にあたるものは、メソポタミア文明では粘土板だったが、 この頃にはエジプトから購入するパピルスに変わっていた。 しかしアレキサンドリアを擁するエジプトは、パピルスの輸出を渋ったため、必要に迫られ独自に羊皮紙を開発した。
 羊皮紙の皮をなめす為にアンモニアが必要であり、そのアンモニア収集のためトイレが作られた。 また、その臭いを緩和するため香水も発展した。
当時の想像図
ステージ側にも巨大セットが
観客席からの眺め
医者は一番後ろにいて、上から
舞台と患者を診ていた
なんだか遺跡はもの悲しい
 
●アスクレピオン
 入り口には「死神入るべからず」と記されており、アスクレピオンに来た病人は、新しい服に着替え+裸足になって中に入った。
 ここに来る病人は、ある程度遠くから歩いて来ていることから、実際のところ最初からある程度元気であり、 新しい服を着て、泥風呂に入ったり、観劇したり、音楽を聞いたりすることで心理的な面からの回復もあったと考えられる。
泥風呂の跡
トンネルの入り口
このトンネルを抜けると
 
 治療場所に行くには、トンネルを抜けなければならないが、隙間から差し込む光や聖水の流れる音が響くトンネルを抜けること自体が神秘的な経験となる。 さらに治療上では飲酒による高揚感や、麻薬的なものも用いたある種のトランス状態で眠りについた。
 治療方法は、患者が夢の中で聞いた神の言葉を元にどうすべきか考えられていたが、 治療場所では壁に道管が見つかっており、トランス状態で聞いた道管からの声を神の声と信じさせていたとも考えられている。
治療場所は直径50m程度
遺跡は順番に調査されているが
多すぎてここには手が回っていない
ところどころに当時の大理石が残る
 
 次の目的地エフェスに出発するためバスに戻るが、駐車場のところにあるお土産ショップでしばし休憩。
 そこでオレンジジュースのお店を発見。その場でオレンジをカットして手絞りしており、農業の盛んな地域のフレッシュジュースは美味しいかなと購入。 一口飲んで感動( ̄∇ ̄)ぅんまぃぃ!!
 最近、町や駅でジュースバーを見かけたりするけど、このオレンジジュースは飲めないだろうなぁ。日本で飲めないのが残念。
イオニア様式が残る柱頭
その場でオレンジをカットして絞る
絶品のオレンジジュース
5TL(約220円)
【 生活 】
 [家庭]
  500人程度の小さな村が多く、店が1軒あるのみといった感じであり、家の外に何もないため、必然的に家の中の時間が多くなる。
  このため「家は女性の物」の意識が強く、ご近所の女性と家の中でおしゃべり時間が長くなり、追い出されたおじさん達は喫茶店でたむろすることになる。
  子供が生まれるとポプラを植える習慣がある。日本で言うところの桐を植えて嫁ぐときにタンスにするのと同じか。
 [平均寿命など]
  男性71歳、女性76歳。1家庭平均2.2人の子供が生まれ、離婚率は4.4%。
 [食糧]
  リンゴ、オレンジなどは「1個・2個」と買うのではなく「1kg」単位での購入しかしない。例えばチェリー1kg=5TLとか。
  トルコでは非常に広範囲に果樹が広がっており、貧しくとも飢えでは死なないと言われている。
 [教育]
  高校:私立の学費は年間150万程度かかるのに対し、国立は無料となるため希望者が多く、国立高校は午前・午後の二部制で対応している。
  大学:年間160万人が受験し、合格するのは10万人と非常に狭き門となっている。
 [地方]
  家の屋根に瓶が立っていると、その家には娘がおりかつ縁談okの印であり、地域によっては集団見合いの文化も残る。
  集団見合いの時、男性からのアプローチに対し、皆の前で女性が「ok」「no」とは言えないため、トルココーヒーで返事をする風習も。
  コーヒーに砂糖が入っていれば「ok」であり、塩が入っていれば「no」となり、当人同士のみわかるという仕組み。
  つまり隣にいる男は「ちょっと待ったコール」ができない(何
 [兵役]
  男のみに課せられる制度であり、状況により兵役期間が違う。高卒=15か月、大卒=8か月、海外在住=1か月+1万$納税。
  ガイドさんは、8か月の兵役で旧式の銃を3回発砲しただけであり、掃除ばかりの毎日+食事は七面鳥ばかりで体重が10kg減ったと語っていた。


 ●イズミール
 人口250万人でトルコ第三の都市。トルコ第二の港湾施設を持ち、美しさは「エーゲ海の真珠」と称えられる。 イスタンブールから450km、高速道路で1000円程度。
 今回はベルガマからエフェスへ向かう途中経路として、通過のみだったので、バスからの乗車観光。
ガイドさんが適宜 綺麗なトイレを
紹介してくれたので快適に過ごせた
三菱!(奥のオフィスも)
なんとなく日本の物を見ると反応する
15世紀のオスマントルコの城壁遺跡
町の中で普通に見かけることができる
 
【 昼食 】
 時間はちょうどお昼の12時となり、エフェス遺跡に入る前にお昼ご飯。 窓からはバラの花が見えた。トルコでは花が大切にされており、あちこちに花畑が広がっている。
・トマトスープ
・チョップシシ(シシが付くと串物の意味)
・サフランライス、じゃがいもを潰して焼いた物
・ミックスジュース、ミルクプリン的なもの
あちこちに花が
天上が高くおしゃれな作り
メインディッシュ
 
日本だと違和感を感じる事がいろいろあって面白い。
・一部欠けた食器、トマト汚れが付いたナプキン
・サフランライスの山やプリンが崩れている
・同じミックスジュース味も色も違う(配合が適当)

しかしプリンの味が、、バニラエッセンスが強すぎ+甘すぎ+ココナツのもさもさ感が残っているのはちょっと(苦笑)

▼価格帯:アイラン/ミックスジュース10TL、ビール/グラスワイン9TL、ソフトドリンク6TL
ミックスジュース&プリン的なもの
まだプリン食べてないょ!?
廃線+廃駅舎の跡地利用だろうか?
敷地内に線路があり
列車が展示されていた
 
●エフェス遺跡
 紀元前11世紀に起こり、紀元前5世紀に発展した町、エフェス。 学生時代の世界史では「エフェソス」という表現だったが、トルコでは「エフェス」と表現されていた。
 古代、豊かな恵みを得られる土は神聖視されており、神は土から人間を作り、土へ帰ることが望まれ土葬が根付いた。
 また、女性は子供を産むことから神秘性につながっており、最初の頃の神として女神が現れる。
入り口ゲート入ってすぐの景色
町の中心に伸びる道
当時の姿をCGとかで
再生して欲しい(苦笑)
 
[メルクリウス]
 足に羽が生えていたとされ、非常に足が速かったことから泥棒の神とされる。 さらに惑星の中で一番内側で公転速度の速い水星はこの名前が由来となっている。 (ローマ神話:メルクリウス、ギリシア神話=ヘルメス、英語=Mercury) また、ゼウスの羊を食べたことからゼウスの怒りに触れ、瓶の中に閉じ込められ、 夏は酸欠で瓶の上方に・冬は寒くて下方に移動したことから、温度計とイメージがかぶり、水銀の意味合いも持つことに。 (と解説されたが、、水銀の命名タイミングと、水銀温度計の実用って時代合うのか?( ̄∇ ̄;))

[ヘラクレスの門]
 ライオンの首を持つ力強い彫刻。この門より下は庶民の生活する町であり、この門より上は公の場とされた。
ゼウスと人の間の子
メルクリウス
勝利の女神ニケ
ヘラクレスの門
 
[トラヤヌスの泉]
 かつて全長18m(ガンダム!?)のトラヤヌス皇帝の像があった場所。現在は台座部分に足首部分だけが残る。 足元からは水が流れており、その豊富な水量から通りの清掃にも利用されていた。

[モザイク]
 クレテス通りを降りていくと、左手に色鮮やかなモザイクの床面が残っている。 順次修復作業を行っているので10年後にこれば、当時のモザイクの復元図が綺麗に見られるかもしれない(-.- )遠い目
クレテス通り
トラヤヌスの泉
床面のモザイクが残る
 
[メドゥーサ]
 見るものを石化する事から、魔よけとして建物の入り口に彫られることが多かった。

[トイレ]
 当時すでに水洗トイレが整備されていた。 最盛期には30万人が住んだと言われるエフェスでは、5万人の奴隷が市民の代わりに日常の仕事を行い、市民と言えども時間があった。 そんな中、トイレこそが市民の憩いの場であり、待ち合わせ場所であった。 そこはフレスコやモザイクで飾られているだけでなく、楽器の演奏がされたり、プールまであったとされる。
奥の上部にメドゥーサのレリーフ
残念だが全く読めない。。
いわゆるトイレ
 
 トルコでは「石を暖める」という言葉が、日本での「ごまをする」という意味合いで残っている。 これは石造りの文化において、奴隷が先に座り石を暖めたことに由来するという。秀吉のわらじみたいなものか。

[図書館]
 当時アレキサンドリア、ベルガマに次ぎ3番目の大きさを誇ったケルスス図書館。 蔵書は1万冊を超え、書物を湿気で傷めないよう外壁は二重構造になっていた。
 正面には4体の女神像があるが、こちらはレプリカで本物はウィーンの博物館にある。
左奥がケルスス図書館
下から見上げると迫力もすごい
二重構造の間に立ってみた
 
[石畳の道]
 ケルスス図書館の前から伸びる大理石の石畳でできたマーブル通り。

[娼館]
 マーブル通りに面した一角に娼館があった。娼館の案内版が石畳に彫られているが、解釈は千差万別。 ガイドさん説では「道の左側(左足だから)、3番目の建物(3番目の指が長い)、心を込めたおもてなし(ハートマーク)、 受付スタッフ一人(カウンターに一人いるみたい)、ビザ支払ok(謎)」( ̄∇ ̄;??  正解は誰もわからないが、好き勝手に想像してみるのも面白い。
修復中の石材が無造作にごろん
娼館の看板
掘り出し未着手の遺跡も
 
[大劇場]
 現在では座席が三段目までしか残ってないが、当時は四段目まであり、最大24,000人を収容した。 あまりに広いため、最後尾からは舞台上の役者が見え辛いため、2階ステージで大きな衣装(歌舞伎のような)を着て演じていた。
 4世紀には剣闘士vs猛獣も行われており(このため舞台より観客席が高い)、最近ではロックコンサートも開かれた。 しかしコンサート後、遺跡の痛みが激しく修復に2年かかったことから、現在はロック/POPSは禁止となっている。

[アルカディアン通り]
 幅10mを超える綺麗に舗装された道。以前は海岸線が近く400mで海に出れた。当時クレオパトラも通った道と伝えられる。
大劇場
中に入ると全体が写らない
大劇場を離れて眺める
アルカディアン通り
 
[お風呂]
 市民の集会所代わりにも利用されていたのが公衆浴場。 当時の浴場はサウナも完備されており、さらに使用済み温水を床下に這わせて床下暖房までしていた。

 さて時刻は15時。 エフェス遺跡を離れ、本日最後に訪れるのが世界遺産「パムッカレ」。 高速道路を通っている最中にも、道路わきには花が植えられている。 時期も良かったかもしれない。これが1月だとさすがに花が咲いてなさそうだ。
高速道路の脇も花が咲いている
日本で見る鉄塔と・・形違う?
見渡す限り畑とか
個人的に北海道を連想する風景が続く
 
 途中で高速道路のパーキングエリアのような所で休憩。 トルコ土産によく買われる「ロクム」。 ここはロクムを豊富に扱っていて、昔ながらのノーマルなロクムから、ゲテモノのようなロクムまで(苦笑)
<購入物>
・アイラン(200g)[2.5TL(約111円)」
・YEN:RAKI(50cl)[12TL(約532円)」
・水(1.5L)[2TL(約89円)」

リゾート感を醸し出す建物
様々なロクム
表記が日本人用だな(苦笑)
缶ジュース感覚で普通に
買えるアイラン
 
 バスで袋が配られた(「DORAK」は現地の旅行会社で現地ガイドさんもここから派遣されていた)。 これは後ほど靴を入れるために使うことに。
 パムッカレは、温泉が湧き出て流れる過程で、温泉水に含まれる石灰分が固まり、段々畑のような形状になったもので、 鍾乳洞の中にできる鍾乳石が、地上でできたようなもの。この色が白いので、遠くから見るとスキー場のように見える。
 以前はバスで横付けできたが、排気ガスで黒くなってきているということで、現在は少し離れたところから歩く。
車内で配られた袋
スキー場?( ̄∇ ̄;)?
お花~(-ω-)
 
●ヒエラポリス
 パムッカレに向かう道で右手に見えてきたのがヒエラポリスの遺跡。 紀元前2世紀に起こった町で、最盛期には数万人規模となった。 円形劇場は1万人以上収容でき、現在でも保存状態が良く、ステージ部分も残っている全景を客席の上段から見渡せる。
 が!!こちら日本人観光客は壮大なエフェス遺跡を見てきたばかりで、かつ目の前に迫った世界遺産「パムッカレ」 の方が興味あるらしく、この遺跡の脇の道をまさかの素通りΣ( ̄□ ̄;)?!
 ガイドさんも、あまり人気が無く道から少し歩かないといけない所には案内できないんだろうねぇ、、、(-x-;残念
ヒエラポリスの復元イメージ
エフェスに比べると
装飾の控え目な柱
右に見えるのが円形劇場
 
●パムッカレ
 ヒエラポリスの前を素通りして約10分程歩くとパムッカレに到着。
 元々ヒエラポリスは、このパムッカレを当時の医療センター、温泉ホテルとして利用しており、 伝説の王の妃(名前がヒエラ)の名前を冠し作った町だった。
 目に飛び込んでくるのは真っ白な世界。スキー場と違うのはその景色が局地的で、向こう側の景色が緑なとこと、何より寒くない(苦笑)。
 中に入るときは土足禁止で、靴を脱いで裸足になって入らないといけない。 日本人はまだしも海外の人は靴を脱ぐのって抵抗あるんだろうか?
近づいてもスキー場に見える(苦笑)
トルコ観光地の割に人口密度が高いが
これが日本にあったら入場制限
かかるほどの来客になりそうだ
基本的に温泉なので
足湯気分で気持ちいい
 
 見た目は柔らかい印象受けるが、成分は石灰岩であり、あくまで岩なので裸足で歩くのは最初は少し痛いが、だんだん慣れてくる。 温泉水なので足湯としても気持ち良いが、残念ながら効能は不明(-ω-;
 一部でパムッカレを形成する温泉水の湯量が減っているという心配も囁かれているが、観光用に流れを変えて広げていため、単位面積あたりは減るのが自然という実情もある。
 片側は崖のように転げ落ちれる環境のため、これが日本なら安全対策の都合上、景観を損ねても手すりなしには観光客を入れれないだろうな。
遠目にはミルキーで気持ちよさそう
だが基本的に岩なので堅い。。
青い水面の上に真っ白な岩の
コントラストが綺麗だった
が、写真では無理w
左側は落ちると大けがになりそうな岩場
 
●パムッカレ(アンティークプール)
 同じ敷地内にあるのが、クレオパトラも泳いだと言われるプール(温泉)。
 アンティークという言葉からするとなんとなく「古風な形式のプール」、、イメージがわかん(--;??。。
 と思っていたら、プールの中に遺跡が沈んでいた。これ、本物の遺跡というから驚き。 普通に水着で泳いでる人とか、水中遺跡に腰かけて談笑してる人たちも。
 日本で同時代の遺跡が原型を残してたとして(弥生時代)、本物を水に沈めたまま適当に扱うって・・ 飛鳥・石舞台古墳なんかよりもよっぽど古いんだけどね、、( ̄∇ ̄;)
入り口の外観
普通に遺跡が沈んでいる
プールサイドのカウンターで
購入できるもの
 
●ホテル(PAM TERMAL)
 この日の宿はこちら。割り当てられる部屋は、マンションタイプの別荘のような感じで、プライベート感もありゆったりできる。
 食事などは本体建物にあり、ここではパムッカレ風のプールを利用できるだけでなく、プールサイドで1ドリンクを頼むと、 そのままベリーダンスショーも見れる(が、残念ながら疲れて爆睡。見に行けず。。)
 この屋外プールが24時まで利用できるのも長いが、その他にも、ディスコ、SPAセンター、マッサージなども充実していた。
宿に着いた時にはすっかり
日が暮れていた
おしゃれな作りの玄関
気持ち良さげなプールサイド
 
 お楽しみの食事の時間。全体的にこれまでのホテルよりもバイキングが充実していた。さすが五つ星。
 デザートも基本的に美味しいのだが、シロップ漬け系はシロップ原液飲んでる感じで、さすがにやばかった。味どうこうの前に、喉が水分吸われて痛むかと( ̄∇ ̄;)
 さて、ベルガマ・エフェス・パムッカレと見どころの多かった三日目もこれで終わり。
 日中にはしゃいでたため、夜はすぐに寝てしまったのが残念。 一緒のツアーのおばさま方は、朝早くに目が覚めてしょうがないというが・・(-o-;
これまでのホテルよりも
更にバイキングが充実
やっぱライスがあると嬉しい(笑)
デザートも品数豊富